遠来のお客様?
         〜789女子高生シリーズ 枝番?

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




いきなり現れたのは、初見の妙齢の殿方で。
だってのに、怖がったり怪しんだりしないばかりか、
相手に混乱されぬよう、言葉を尽くして懸命に、
説得しようとするお嬢様がたというのも考えてみれば妙なもの。

 だってその人には、
 忘れようたって無理な相談だろうというほどの
 切ないまでの“見覚え”があった。

実際に面と向かって感じる存在感にも覚えがあって。
しかも、変則的な方法ながら、
やはり かつて一緒にいた頃に
くっつき虫になって懐いてただけあって、
匂いだ温みだという要素、
まずは取り違えないだろう久蔵が触れて確認してもおり。
それで間違いないとした、彼女らも彼女らならば。
恐らくはたった一人で異世界へ放り出された側だのに、
そうだという“現実”は、まだ把握し切ってはないものか。
とりあえずパニックは起こしていない槍使いさんも大した人物で。
恐慌状態を起こした末に、得物片手に何処ぞかへ飛び出して行かれても大変だと、
その点へのみ、慎重に慎重にと気を遣いつつ。
尋常ならざる事態の渦中ながら、
お互いへの不審を少しずつ均し始めていたものの、

 「そうよ、そうですよっ。」

まず最初の遭遇の時点にて、
突然現れたこちらの美丈夫に愕然と驚いて。
次いで、久蔵が大胆にも歩み寄ったのを制すべく、
こちらも行動を取りかかった平八が、
その折に“あれれ?”と察した妙な違和感があった筈なのに。
ついつい話の流れに引っ張られてのその結果、
こうまでのインターバルを挟んでしまっただなんて。


  イケメンの求心力、恐るべし。(そうじゃなくて)


 「久蔵殿、こちらは間違いなく カンナ村のシチさんですよね?」
 「…、…。(頷、頷)」
 「シチさんが俳優さんを雇って、
  昔のアタシはこうだったでましょ?なんて、
  悪ふざけしているわけじゃありませんよね?」
 「〜、〜、〜。(否、否、否)」

先程までは理路整然と、
言葉を尽くしての説明を大人相手にこなしていた、
童顔ながら、いかにも利発そうな赤毛の美少女と。
そんな彼女の補佐として、
存在感だけなら大人に負けんぞと
泰然とした態度で傍らについていた、
金の綿毛が凛としたお顔に神々しくも相応しい、
白皙美形のお嬢さんと。
双方ともに余裕満面、
何とも鷹揚そうだった落ち着きや愛嬌も今はどこへやら。
耳で聞くだけでは何が何やらこんがらがりそな言いようで、
まだ十代という幼い年頃に
今度こそ相応しいだろう狼狽えに襲われてのこと、
二人ともが青ざめながら口々に事実確認をし始めて。
だって、どっちをと比べれば、こっちこそが重大な一大事。

  さっきまで確かに此処に居た、
  彼女らの親友の、女子高生の七郎次は、
  一体どこへ行ったのか。

 「それって、ここに写ってるお嬢さんですか?」
 「ええ、そうなんです。」

こちらの世界の島田勘兵衛の腕を取り、
にこやかに微笑んでいる、可憐な十代の少女。
さっきまでの、こちらの世界はという説明話の中、
携帯電話へ収納されていたのをご披露しただいた画像、
あらためて手にしたシチロージが示して見せれば、
ひなげしさんが逼迫したお顔で“ええ”と応じる。
彼にしてみれば、
五年越し、いやさ十年越しにやっと出会えた上官殿とそっくりな、
軍服に似た洋装の御仁の方にこそ
関心があったそれだったのだろうけれど。

 「………。」

色白な細おもてに、水色の双眸と聡明そうな目鼻立ち。
今日のような上天気の中で撮ったのだろう、
陽だまりの中で絹糸のような金色の髪を甘く光らせて。
隣に並んだ随分と年上の壮年の腕を捕まえると、
ちょっぴりの含羞みとたくさんの嬉しいとを柔らかく混ぜたような
そりゃあ愛らしい笑顔でいる女の子。
彼女ら二人が、見たそのままに、
自分のよく知る、紅眼で無口な双刀使いさんや、
米好き工兵さんの転生人だというのなら。
こちらの少女は、この自分の生まれ変わり…らしくって。

 “……結構な美人じゃありませんか。”

勘兵衛様には勿体ない…と、
ついのこととて内心でしみじみと呟いてから、

 「アタシが見回したおりには、もう居ませんでしたがねぇ。」

一体 何がどうしたものか、
風に撒かれて目が回りそうになったという、
微妙なそれながら“異常事態”に見舞われたので。
そんな状況から放り出されたのを実感したそのまま、
自分の周囲の状況を素早く見回し、耳をそばだててしまったは、
ある意味 当然の注意喚起に他ならず。
不意な突風は自然現象だったとしても、
隙だらけの身へ 機を得たりとばかり、
斬りかかられたら? 毒薬つきの矢で射られたら?
野伏せりが送り込んだ見張りもいるままの環境下なのだ、
哨戒中でなくたって油断は禁物。
ましてや、一瞬とはいえ耳目が塞がれたのだから尚のこと。
そんな真剣さでぐるりと気配を撫で、見回した周囲の感触の中に、
今 目の前にいる彼女ら以外の気配は何処にもなく。
だからこそ、今の今まで特に臨戦態勢にまではならずにおれたのであり。
ただ、それを彼女たちへと告げると、

 「そんなぁ…。」

しっかり者ではあるようだが、それでもまだまだ幼くて。
淡雪のように 柔らかで可憐な印象の強い、二人の少女らは、
揃って憔悴に襲われたものか、
その細い肩を力なく萎えさせてしまったのだった。





    ◇◇◇



 何が起こったのかが判らない。あの久蔵が時たま襲われていたという“貧血”はこういう感覚になるのかしら。どこからか勢いのある風が吹き込んで来て、あれれ?と感じたのと。久蔵がいた窓辺の方から、彼女の声で“くう”と少し強い調子でのお声掛けがあったのと。その二つを感じておれば、そのまま あっと言う間に足元の床の感触が消えたので。何なに、何ごと?と、いつにない不安で気持ちが大きく揺れた。平坦なところで立っていて唐突に上下が判らなくなるだなんて、あの大戦の只中、斬艦刀を操縦中だとか、撃沈されて墜落しつつある戦艦の中にいるとかいうならともかくも、今のこの現世ではそうそう体験出来ることじゃあない。あれあれどうしようという感慨が、言葉という形を取って思い浮かんだのとほぼ同時、今度も唐突に重力が戻って来て、足元からどこかへ落ちた。降り立ったと言えるほど品のいい着地じゃあなく、特に斜めに突き飛ばされた訳でもなかったけれど。唐突が重なったがための動揺のせいだろう、足元が堅さを取り戻したその間合いに、総身のバランスが追いつかなくてのこと。あわわと たたらを踏む格好で、微妙に後ろへ体が傾き、それを支え切れなくてのこと、結果として、無様にも尻餅をつくほどの転げようを呈してしまった。

 「あいたたた……。」

 ただお尻が痛むだけじゃあなくって。
 何だか周りに物がたくさんあるぞ。
 しまったなぁ、
 咄嗟に手が出てテーブルの上のものを落としたんだろか。
 マイセンの花瓶とか、久蔵のお気に入りのティーセットとか、
 転ぶまいと掴んだクロスを引いてしまって、
 そのまま床へ叩き落としちゃったのかなぁ。
 確か、兵庫せんせえから
 高校への進学祝いにもらったって言ってなかったか…?

 お尻が痛むことよりも、その腰の周りや足元周り、床に突いた手の先やらに当たる何かしらへと意識が向いて。すっきり片付いていたはずのお部屋だもの、それがこうまでごちゃごちゃ何かあるとなると、自分がテーブルから引きずり落としたんじゃなかろかと。目眩を起こしたことよりも、そっちの心配がむくむくと膨らみ始める。不可抗力だとはいえ、失態には違いなく、あ〜あ久蔵に悪いことをしたと、早くも落ち込みかかっておれば。

  ―― みゃう、と。

 すぐの間近から、甘いお声が聞こえて来。

 「………え?」

 片方のお膝を立てる格好で座り込み、そのせいでマキシスカートの濃色の生地ばかりが視野に入っていた七郎次だったのだけれども。足元、いやいや手元近くからの声だったと聞きつけたそのまま視線を向けたれば。

 「まぁう。」
 「くうちゃん。」

 ふさふさしたキャラメル色の毛足もゴージャスな。ちょっぴり どすこい系のメインクーン、三木さんチのくうちゃんが、構って構ってと鼻先を七郎次の手へとこすりつけておいで。

 “いいなぁ、久蔵。くうちゃんが甘えん坊で。”

 ウチのイオはどうにも鼻っ柱が強くって、このごろじゃあ抱っこさえさせないもんなぁと。少しは心地も落ち着いて来たものか、そんな感慨が沸いて来て、ほわりと胸底を温める。立ててたお膝を下ろしの、ほらおいでとそこへドッジボール程もあろうかというお猫様を抱えてやれば。さして抵抗もなくの、むしろああやっと落ち着けると言いたげに、そこへと丸ぁるく身を伏してしまった彼女であり。手入れのいいふわふかの毛並みを撫で撫でしながら、やれやれだねぇなんて、文字通りの腰を据えてそこへ落ち着きかかった七郎次お嬢様だったのだが。

  ……………あれ?

 何かが訝しいなと、ここでやっと気がついた辺り。日々是戦場という軍人の気概は、もうすっかりと薄れている証拠かも知れぬ。まま、それはそれは平和な現代の日本に生まれ育った、まだ十代のお嬢さんなら、それもまた仕方がないのではあるが。

  なので、

 それでもここで“それ”に気がついたのは、むしろ鋭敏な方なのかも知れぬ。目の前に広がっていた“床”が、深みあるチャコールの丁寧に磨かれたフローリングじゃあなくて、よくよく踏み締められたそれじゃああったが、どうやら土の地べたであるらしいこと。それから、そんなに広くもないその床の先に小あがりがあって。つつつっと順に辿ってのこと、視線をその先へと延ばせば、その小あがりは、どうやら上がり框であるらしくって。上に上がった先にあったのは、奥の間へ続く板戸を開けていることで何とか明るみを取り込んでいる、水魚のついた自在鈎を吊るした囲炉裏を真ん中に据えた、古い農家の板の間の部屋、という佇まい。

 「な………。」

 それだけでも奇異な情景。何で?どうして? アタシさっきまで久蔵の家にいたよね? くうちゃんだって居るんだし、ここって久蔵んチのサンルームのはずだよねと。いきなり大きく模様替えをなされたような、まるきり趣きの変わってしまった周囲の様子へ、まずは呆気に取られ、それから恐慌状態の前触れ、何でどうしてという山ほどの“?”で胸の中がいっぱいになりかかる。余裕があるなら、まずは頭の中が“?”で埋まり、それを何とか整理しようとか、謎を解こうという方向へ気力も働くのだろうが。瞬きしただけほどの間に、突然 覚えのないところにいる自分だとされちゃあ、謎解きだなんて落ち着いて構えることなぞ、そうそう出来はしないもの。

  何で?どうして? これってどういう魔法なの?

 しんと静かな空間は、薄い板張りの粗末な作りであるらしく。背後の屋外からのそれ、風の音が大層間近な音として聞こえてくる。ざわざわ・ざんざあというそれは、海の潮騒にも似ているが、そうじゃないのを知っている。今の今まで忘れていたが、それは、生まれてこの方 聞いた事がなくて思い出せなかっただけであり。

 「あ…………………。」

 これは覚えのある響き。絶景とも言えよう広い広い稲穂の海原。刈り入れ間近いことが素人にも判る、重たげに金色の穂先を垂れた稲たちが、秋風に撫でられ揺れて立てる囁き声だと。遠い記憶とぴったり重なったのと同時、

 「   あ。////////」

 人の気配を今になって感じ、あわわと………お膝を整え直す。くうちゃんを抱えるとき、スカートの裾は確か下ろしたよね。やだな どんだけ呆然自失だったんだろうか。そんな、いかにもヲトメらしい狼狽に大慌てとなりながらも、そこに確かにいるお人へと、視線を向けた七郎次だったのだが。



  「……………………え?」



 囲炉裏の端で、丸い敷物に胡座を組んで座っておいでのその人は。腰まであろうかというほど長い、だが手入れはしてなかろう蓬髪を背へと垂らし。煌々と明るい訳じゃあないが、それでもそこにいるのが見て取れるのは、白い衣紋を着ておいでだから。座っている姿は小さく見えるが、何の何の、くるぶしの骨張ったところや、手の大きさから推察されるは、本当は屈強精悍な肢体の強かさ。結構な年齢なはずだのに、男臭くて頼もしく。途轍もない策を捻り出すのが得手の知将だのに、それと同時に自らも刀を手にし、雄々しくもそれを振るって血路を拓きもする剛の人。

 「な……。」

 七郎次が軍人となって最初に仕えた人であり、そしてそのまま、指針となり、絶対の存在となった、頼もしい上官にして、部隊を指揮した司令官。


  「勘兵衛様?」


 ともすれば、雲水や虚無僧にも近しい雰囲気、褪せた白の砂防服には覚えもあったが、それって…ずんと過去にまとっておられたものじゃあなかったか? そこをまで思い出した七郎次が、次に思ったのは、


  “まさか…年甲斐もなくコスプレですか?”


   …………余裕じゃないですか、白百合さんたら。







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  *あああ、ここでタイムアップです。
   やっぱり入れ替わりにカンナ村へ飛ばされてた白百合さん。
   意外な出会いをしちゃいましたが………
   もうちょっと続きます。


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